清恵会50周年サイト

「いつでも、どこでも、どなたでも。」
この信念を今後の50年も引き継いで。

大阪万博が開催された1970年、初代理事長の佐野恵が身一つで興した医療法人清恵会は、15周年を迎えた1985年に私が理事長を引き継ぎ、今年2020年7月、ついに50年の節目の年を迎えることができました。
半世紀前、当法人は当時はまだ少なかった救急医療に特化した民間病院として、わずか87床の清恵会病院からスタートいたしました。それが今では、清恵会病院(計336床:急性期病床241床、地域包括ケア病床45床、医療療養病床50床)、清恵会三宝病院(医療療養病床240床)、清恵会向陵クリニック(人工透析)、医療専門学院と第二医療専門学院(学生数約580名)、清恵会訪問看護ステーションを擁するまでに至っております。これもひとえに、自治体および大学等の関係機関、地域の皆さま方のおかげでございます。
振り返ると、長いようで短かった50年間でございました。「充分な医療を受けられない人々をなんとか救いたい」。高度経済成長期真っ只中の時代に、そう考えて渾身の想いで病院を設立した初代の佐野恵は、「人命は地球よりも重い」と常日頃から申しておりました。当法人は、今日においても変わらず、初代の「いつでも、どこでも、どなたでも」との信念を貫き、常に患者さまに寄り添う医療を提供し続けております。今後も、その姿勢が変わることはありません。
救急医療から始まった当法人も、今ではリハビリテーションや透析など慢性期医療にも対応するようになっております。また、脳神経外科といった専門性の高い分野の充実を図る、あるいは、新たに健診センターを開設するなど、時代とともに変化する地域社会のニーズに細やかに応える体制を着々と強化しております。これからも地域にしっかりと根を張り、社会医療法人としての使命を果たしてまいります。今後ともご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

社会医療法人清恵会 理事長 佐野 記久子

Seikeikai History 社会医療法⼈清恵会50年の軌跡

昭和45年7月15日、堺市三国ヶ丘に87床を有する病院としてスタートしました。その後、平成27年10月に市立堺病院跡地に移転、現在に至るまでの社会医療法⼈清恵会50年の軌跡を紹介します。

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    清恵会は、救急・急性期医療を起点に展開し、回復期、慢性期、在宅に至る充実した医療ネットワークを構築しています。グループ間連携で密に地域を支えている、社会医療法⼈清恵会のネットワークについてご紹介致します。

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